|
ひとりっ子は大変だ!今は亡き父の介護日記、介護マンガ•••
|
|
![]() 父の検査結果が出た、 「結核」は昔の痕で完治している。 転院希望のK病院からもベッドの空きが出たので、 転院可能の連絡が入る。 さあ、リハビリに力を入れている病院へ移ろう! こちらの病院の看護士さん達は、 父に優しく、良くしてくれた事に感謝しているが 病院の方針とは合わない為、次の病院へ転院する事にした。 ●父が倒れて「救命救急センター」へ入院→14日間 ●リハビリの為「○○会病院」へ転院→21日間 ●再びリハビリの為「K病院」へ転院(三度目の正直か?) K病院 は古いが、 父が転院する「回復期リハビリテーション」は 後から増設された建物で「脳血管疾患、大腿骨骨折や脊髄損傷の患者」に対して 日々の生活能力向上と寝たきり防止、家庭復帰の目的のために造られた施設だった。 ![]() 医師、看護士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、医療ソーシャルワーカー 専門スタッフの人数も多く、専用施設も広くて新しい。 廊下の幅も広く車椅子もゆうゆうとすれ違う事が出来る。 病室内も明るく、患者や付き添う家族が安心できるのも嬉しいし 施設利用の患者さん達からも、活気が感じられる。 父は新しい病院へ到着。 また一から検査が始まった。 (血液、心電図、レントゲンなど) ![]() 検査後、すぐにリハビリ病棟へ移れるのではなく、 しばらく一般病棟の脳神経外科で様子を見てからと言う事になった。 (リハビリ病棟の空きベッドが無かったのだ) もちろん、一般病棟にいても 専用施設でリハビリを受けられるので それは良かったが‥ 一般病棟は古くて、6人部屋。 父はまた新しい環境に慣れなくてはならなかった。 リハビリ病等へ行くまでちょっと辛抱してね! ※「介護日記」は以前から付けていた日記を元に書いています。 この内容は2009年~2010年の記録。 スレッドテーマ [ 日記 … 日記というか、雑記というか… ]
![]() 父が入院している病院の担当医に 「K病院へ転院希望」を告げる。 正直に言って、この病院に来て一週間 すぐに「転院」は言いづらい。 だが、父の為だ「回復期」のリハビリは早い方がいいし、 介護する私も、父に早く元気になって退院してもらいたいから。 担当医はあっさりと 「セカンドオピニオンとして別の病院へ転院するのは構わない」と了承。 ただし転院するには問題があった。父の胸部レントゲン検査で 「肺に小さな癌と、結核の痕」が見つかったのだ。 高齢者なので、「癌」の進行は遅く今の状態では放っておいても問題はないが 「結核の痕」は、それが完全に完治しているのか、 まだ「菌」を持っているのかが問題となった。 なぜなら、「結核」であれば「転院」どころか他の患者に伝染する可能性がある。 私は父の結核の事は知らなかった。 先生は「大丈夫そうだが検査に出しましょう」と言われた。 「転院希望のK病院」の脳外科の担当医が父の様子を見に来られた。 ![]() 後日、転院希望のK病院で先生と面談をした際に 「病院を転院しても、お父さんの状態がどこまで回復するか分からない」 と告げられる。 こちらへ転院しても、良くなるとは限らないと受け取れる‥‥。 (結核や、認知症などの厄介な患者を受け入れたくないと言うのか?) 私は涙ぐみながら 「こちらへ転院して、父にしっかりとリハビリを受けさせたい」とお願いをした。 こういう時、患者は弱い立場なんだなぁ〜とつくづく思う。 辛くても、負けるもんか! 父の「転院」は「結核」の結果待ちと、 転院先のベッドの空きのタイミング次第となった。 ![]() 病院の夕食後、父を車椅子に乗せて病棟の窓から外の景色を観る。 真っ暗の中、ライト付けた車が走っているのを見て 父は「キレイ‥」とぽろっと言った。 この頃になると、猫の名前や 簡単な単語が少しずつ出てくるようになった〜頑張ろう! ※「介護日記」は以前から付けていた日記を元に書いています。 この内容は2009年~2010年の記録。 スレッドテーマ [ 日記 … 日記というか、雑記というか… ]
![]() 転院先で「理学療法士や作業療法士・言語聴覚士」により 父のリハビリが始まった。 口のマッサージから舌を動かし、話せるようになる為のリハビリ、 同時に、高齢者が入院しベッドで寝たままだと筋力が低下し 歩けなくなるので、腕を動かしたり、歩くリハビリをする。 夕食は一人ではなく、患者達が広場へ集められてみんなで食べる。 父はこの病院の環境にもだんだん慣れて、 リハビリもちゃんとやっているようだ。 しかし、私から見て「こんなにチンタラ(ゆっくり)なリハビリ」で良いの? 本当にちゃんと話をしたり、身体も動かせる(歩ける)ようになるか? ![]() 一番心配なのは、リハビリ以外の時間はずっとベッドに横になっていて 「頭がボケてしまわないのか?」だ。 よく高齢者が入院すると「認知症の進行がすすむ」と言われる。 話す相手もおらず、ベッドで寝てばかりでは刺激もなくダメだよなぁ〜 ![]() 私は知り合いの看護士さんに、ちょっと相談してみた。 彼女は「○×病院はダメ!すぐ転院しなさい!」と言うのだ。 そこで、彼女の勤めている病院のドクターに 「脳梗塞のリハビリで良い病院」を教えてもらったのだ。 早急に、私が二つの病院にリハビリ施設の見学を申し込み、 夫と二人で病院の担当医や療法士さんに会ってお話を聞いた。 どちらの病院も明るい雰囲気と、療法士さんや患者さんに活気があるように見えた。 父が脳梗塞で倒れて入院してから、まだ数週間だが 早く、リハビリに力を入れている病院へ「転院」した方がよさそうだ! ※「介護日記」は以前から付けていた日記を元に書いています。 この内容は2009年~2010年の記録。 にほんブログ村 スレッドテーマ [ 日記 … 日記というか、雑記というか… ]
![]() 父は救急車で救命救急センター そこで「脳梗塞」と診断され、薬を使って治療。 容態も安定したので、12日目でリハビリの出来る病院へ転院する事になった。 転院前、救命センターの先生と転院先の病院を相談したのだが 私には「脳梗塞」の病後にリハビリをする施設(病院)などの 知識が全くなかった。 そこで先生にいくつかの病院を紹介してもらい、 その中から私が毎日通えるように、自宅から近い病院を選んだのだ。 (後に、これが失敗となる‥) さあ、早く転院して「リハビリ」を頑張ろうね! きっと大丈夫、父は喋れるようになるよ‥ 救急病院から転院先の病院へ、父と一緒に送迎してもらった。 病院へ着いて、まず一階でいろいろな検査を受ける。 (元の病院からMRIなどの資料は持参しているのだが、また一から検査するんだな〜) レントゲンや、血圧、血液検査など、この日父はオシッコが出なかった。 それにしても、平日の午前中なのに、この病院は空いている‥ 玄関も暗いけど大丈夫かな?とちょっと不安がよぎる。 ![]() 2階の病室へ案内されて、看護士さんから説明を受け 父もベッドへ横になり安心したようだ。 そこは6人の大部屋で、父の様な高齢者が沢山入院していた。 隣の病室も寝たきりの方や、点滴を打っているお年寄りが目立った。 それにしても ここはまるで「老人施設のような病院」だな! (この病院を選んで良かったのか???) ※「介護日記」は以前から付けていた日記を元に書いています。 この内容は2009年~2010年の記録。 スレッドテーマ [ 日記 … 日記というか、雑記というか… ]
![]() 救命救急センターでは 面会時間が厳しく決められている。 ICU(集中治療室) 13:00〜14:00の1時間のみ ACU(急性期治療室) 12:00〜14:00 17:00〜19:00 最初、父はICUで治療をして、 3日後にはACUへ移動した。 こちらから喋りかけると何か言っている 父「カシュカシュカシュシュ?‥○★△×××!!!」 本人はちゃんと話しているつもりだが 私には意味不明 私も「うんうん」と頷いてみてはみるものの 意思の疎通は難しい‥‥ 面会時に、家で飼っている猫の写真を見せたり (名前が出てくるかもしれない?) 画用紙を持参して、父が何か文字や絵でも描けないか試してみた。 私「ここに何か書いてみようか?」 父の名前や花の絵を描いて、父に書くようにうながしてみた ![]() 父「、、、、、、、、」 鉛筆を持って 真剣に紙に書いたのは 斜めの線が並んでいるだけ‥ う〜ん 父は何かいいたいのだが、正直に言って分からん! 父も困った顔をして 「何で分からないのか?」と言いたげな様子 この病院は「救命治療」を主としている為 重症の時期を脱して、転院が可能になった患者は他の病院へ転院する。 転院先でリハビリをすれば、父も少しは話せる様になるのかなぁ〜? にほんブログ村 ※「介護日記」は以前から付けていた日記を元に書いています。 この内容は2009年~2010年の記録。 スレッドテーマ [ 日記 … 日記というか、雑記というか… ]
|
|